<所在地> ギリシャ アッティカ アテネ
アテネとピレアスを結ぶ電車の線路(写真に写っている石の壁のような部分の上に線路がある)で隠れているが、これはアテナイで最も古い聖域の一つ。見えているのは、祭壇を取り囲んでいた枠の基礎部分。
この祭壇は、前六世紀には既に存在したことが分かっている。トキュディデス(6.54)によれば、アテナイの僭主ペイシストラトスの同名の孫が、アルコンであった時(前522/1年)に建築したもの。
この祭壇は、アテナイの基準標石の役割を持ち(ヘロドトス 2.7、および、
IG II
2 edition 2640)、また、避難所(アサイラム)としての機能も持っていた。
2011年3月、鉄道工事中に十二神の祭壇が発見されたという報道がなされたが(下にリンク)、これが、上に写っている祭壇の残りの部分なのか、全く別のものなのかは、報道からは分からない。
参考文献
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