ヘローオン

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<所在地> ギリシャ アッティカ アテネ アゴラ
  <別称> The monument of the Eponymous Heroes


アテナイ市民の部族名の起源となった十人の英雄の銅像を並べていた場所。現在は基台と柵(これは大部分が復元)だけが残っている。もともとは、中央の部分に約16.64メートルの長さの台があり、その上に十人の像と両端に三脚台(トライポッド)が立っていた。

Heroon

発掘の結果、この場所にこのモニュメントが設置されたのは前330年ごろのことであることが分かっている。しかし、アリストファネスの証言から、ヘローオンは遅くとも前420年には存在したことが確実なので、どこか別の場所から移されてきた可能性がある。

アテナイの部族制は前508/7年のクレイステネスの改革に遡る。この時、全てのアテナイ市民は十の部族に割り振られた。クレイステネスはデルフィのアポッロに信託を求め、それに従って、それぞれの部族にアテナイの英雄の名前を与えた。その時の部族名は、Hippotheontis, Antiochis, Aiantis, Leontis, Erechtheis, Aigeis, Oineis, Akamantis, Kekropis, Pandionisである。

前307/6年、デメトリオス・ポリオルケテスがファレロンのデメトリオスの貴族政治を打破して、アテナイに民主主義を復活させたことを称えて、アテナイ市民は、デメトリオスと彼の父アンティゴノスの名を冠した二つの部族(DemetriasとAntigonis)を付け加えた。パウサニアスがアテナイを訪れたときには、英雄の数は十二人になっており、その最後は、Hadrianisの創始者となったハドリアヌス帝であった。

参考文献

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