<場所> ギリシャ アッティカ アテネ ケラメイコス
前五世紀、テミストクレスがペルシャの攻撃に備えてアテネの市壁を整備した際、この地区には「聖門」と「ディピュロン門」の二つの市門が設けられた。この「聖門」は「ディピュロン門」の南側にあり、アテナイからエレウシスに向かう「聖道(ヒエラ・オドス」に立っていたため、この名前がある。これらの門は、単に扉を取り付けるための構築物ではなく、数十メートルも道路を覆う巨大な防衛施設であった。
上の写真に写っているのは、門がエリダノス川に向けて開いている部分。人間が通っていた部分は、かなり崩れていて分かりにくいが、下の写真のようになっている。

写真の丁度真ん中あたりに写っているアーチ状のものが、最初の写真にあった水路のゲート(最初の写真では西側から撮影されていたのに対し、この写真では東側から撮影されている)で、その左側が「聖門」と「聖道」である。
なお、門自体は何度も改築、改修され、現存しているのはローマ帝政期のものである。
