<場所> ギリシャ アッティカ アテネ ケラメイコス

ポンペイオンとそのプロピュライアの位置関係がよく分かるように撮影した写真。
ポンペイオンはテミストクレスの市壁の内側、聖門とディピュロン門の間に立つ公共建造物。パナテナイコス祭のための行列(=ポンペー)が準備をしたり、また、行列に使われる道具や乗り物が収納されたりした場所。行列の出発点がここだった。
古典期、前四世紀に建造されたのポンペイオンは、円柱に囲まれた大きな中庭といくつかの宴会のための部屋からなっていた。アテナイの貴族は、パナテナイコス祭で犠牲に捧げた動物を用いた聖餐をここでとった。中庭には石像や絵画が並び、宴会室はモザイクで飾られていた。
ミトリダテス戦争で、ポントス王側についたアテネとローマでの戦いの最中である前86年、スッラ軍は、このエリアの壁を破壊してアテネに突入し、ポンペイオンと聖門の南側と東側の建造物は破壊された。プルタルコスはこの時の殺戮の状況を記録している。
その後、ローマ帝政期(アントニヌス・ピウス時代)になって再建され、現在はこの部分が一番よく残っている。
後二世紀の建物は267年のヘルリ人の来襲で被害を受け、四世紀に修復が行われた。MeeとSpawforthは、二世紀にバシリカが建築され、四世紀には二つの列柱廊(ストア)に改築されたとしている。
