アテネの歴史
1 前史時代
アテネで最も古い居住の跡は新石器時代末期に遡り、アクロポリス周辺の洞窟で見つかっている。アッティカでは旧石器時代の遺跡も発見されているが(ピケルミ、ブラウロン、キツォス洞窟など)、アテネでは今のところ発見されていない。
アッティカは紀元前6000年ごろ新石器時代に入り、農耕と牧畜が始まる。こうした文化は、オリエント世界との接触によりもたらされたらしい。
アッティカに青銅器がもたらされるのは前3000年から前2800年ごろ。前2000年ごろ、別の場所から移住してきた人々とともに、中青銅器時代(前2000年から前1600年)が始まる。アクロポリスとその周辺ではこの時代の埋葬の跡が残っている。アテナ女神がアテネ市の守護神となったのはこの時代のこと。
後期青銅器時代(前1600年から前1100年ごろ)であるミュケーネ時代には、アクロポリスが要塞化する(前1250年以前)。これはアテネが、アテネとその周辺の支配を確立していったことの痕跡と見られる。伝承によれば、アテネのケクロプス王がアッティカの十二都市をまとめ、また、テセウス王がアッティカを統一しアテネを首都とした(シュノイキスモス)。ュケーネ時代の文明は突然終了する。原因は、北から異民族ドーリア人が侵入したためだとされているが、詳細は定かでない。
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