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マルケッルスの劇場

カンプス・マルティウスにポンペイウス劇場を建設したポンペイウスに対抗するため、ユリウス・カエサルがやはりカンプス・マルティウスで建設を始めた劇場。しかし、他の多くの建造物同様、カエサルは建設を終えることはできず、前13(もしくは11)年に、アウグストゥスが完成させた。
アウグストゥスは、この劇場に自らの名を冠することはなく、既に物故していた(前23年)、彼の姉オクタウィアの息子で、娘婿だったマルケッルスの名を与えた。『事績録』21では、こう述べている「アポロン神殿の側に、その大部分を個人の私有地から買い取った敷地に、劇場を建て、これに私の婿マルケルスの名前を冠することにした」(國原吉之助訳)。
ローマにある三つの劇場のうちでもっとも大きく、収容人数は15,000から20,000人ほど。
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| 外壁に埋め込まれた三本のファスケスのレリーフ |
ファサードはトラヴェルティーノ岩で造られている。一階部分はドーリア式の、二階部分はイオニア式の半柱で飾られている。三階部分はほとんど失われてしまっている。もともとの高さは32.60メートル(現存しているのは20メートル強)あった。
マルケッルス劇場が造られる以前、ここには前179年にマルクス・アエミリウスが建てたad Apollinis神殿劇場があった。
十一〜十二世紀、ピエルレオーネ家によって要塞に改造された。1368年、サヴェッリ家がこれを手に入れ(十三世紀には既に所有されていたとの説もある)、後にバルダッサーレ・ペルッツィに命じて、邸宅用に改造させた。十八世紀には、オルシーニ家の所有に帰した。
参考文献
- J.B. Ward-Perkins, Roman Imperial Architecture (Integrated Second Edition), Harmondsworth/ Penguin Books, 1981 (First edition in 1970), pp. 26-28.
- 青柳正規 『皇帝たちの都ローマ』(中公新書) 中央公論社 1992年、96-97頁
- Amanda Claridge, Rome. An Oxford Archaeological Guide. Oxford/ Oxford University Press, 1998, pp. 243-245.
- Filippo Coarelli, Roma (Guide Archeologiche Laterza), Roma-Bari/ Laterza, 2001, pp. 323-326.
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