エピロス地方、アルタ県の首都であるアルタは、人口2万人ほどの町で、オレンジの栽培が盛ん。古代には「アンブラキア」という名称で、ヘレニズム時代には、「ピュロスの勝利」で有名なピュロス王のエピロス王国の首都だった。右はアルタの広場に立つピュロス王の銅像。
中世エピロス地方の首府であり、この時代の教会がいくつか残っている。中でも重要なのが、上の写真に写っているパナギア・パレゴリティサ。
アンブラキアは、前七世紀の後半、コリント人によって創建された植民市。しかし、後二世紀、パウサニアスがここを訪れた時には廃墟になっていたらしい。町は、東西北の三方をアラクトス川によって囲まれており、中心は、下の写真に見えるように小高い丘になっているため、防衛上有利な地形であった。古代の遺跡としては、神殿や劇場の跡が残っている。

1453年、コンスタンティノープルが陥落した後、追放されていたビザンツ皇帝アレクシオス三世からの承認を受けたミハイル一世アンゲロスは、アルタを首府として事実上の独立国を築いた。1449年にはオスマントルコによって滅ぼされるが、その後、すぐにヴェネツィアの支配下に入った。ヨアニナのアリ・パシャは、アルタにまで勢力を伸ばしたが、1822年から1912年までは、再びオスマン帝国から直接支配を受けた。
アルタには、十三世紀の聖テオドラ、十四世紀の聖ヴァシリオス教会といったいくつかビザンツ時代の教会があるが、中でも重要なのが、13世紀末に建造されたパナギア・パレゴリティサ教会である(一番上の写真と、以下三枚の写真)。


