パウサニアス(10.11)によれば、アテネ人はマラトンの戦いの戦利品を使ってこの宝物庫を建てた。だとすれば、前490年以降の建造になるが、研究者たちは前500年前後に建てられた可能性が高いとする。
デルフィに数多くあった宝物庫の中でこれだけが唯一建物の形をしているのは、1903年から1906年アテネ市の資金で、エコール・フランセーズの考古学者たちが修復・復元したため。
ドーリア式で、建材には大理石が使われている。幅は6メートル、奥行きは10メートル。メトープ(ここにあるのは複製で、本物は博物館に所蔵されている)を飾るのはヘラクレスの偉業(北側と西側)とテセウスの偉業(南側)、そしてアマゾン族との戦い(東側)。
建物には150もの碑文が彫られているが、その多くは、ピティア祭でアテネ人が勝利したことを記念するもの。
参考文献
- Robin Barber, Greece (Blue Guide), London- N.Y. 2001 (Revised reprint of the 6th edition of 1995), pp. 396.
- Christopher Mee & Antony Spawforth, Greece (An Oxford Archaeological Guide). Oxford/ OUP, 2001, p. 305.
- Photios Petsas, Delphi : Monuments and Museum. Athens : Krene Editions, 2008, p. 47.
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