
伝説によれば、最初のアポロン神殿は月桂樹の木で、次は蜜蝋と羽毛で、次には青銅で建てられたのだという。
歴史的には、前七世紀の末以前に建てられた神殿が前548年に焼け落ち、アテナイから亡命していたアルクマイオン家の資金援助で再建されたことが分かっている。この前六世紀の神殿は前373年の地震で破壊され、現在残っている神殿は、クセノドロスとアガトンが建てた前四世紀のもの。前88年にはトラキア人によって、さらにはスッラによって被害を受けた後、ドミティアヌス帝が修復した。
前四世紀の神殿はドーリア式。基底部は石灰石、円柱はコリント産の多孔岩でできている。円柱の数は前後がそれぞれ6本、側面がそれぞれ15本(四隅の円柱は二度数える)、前後は22m、側面は60mある。内部は破壊されてしまっているため、どのような配置だったかははっきりしない。パウサニアスはこの神殿のペディメントを飾っていた彫刻を描写しているほか、メトープ(もしくはアーキトレーブ)の部分にペルシャ人とガリア人から奪った盾が飾られていたと述べている。

この神殿を飾っていた彫刻は現在、デルフィ博物館の第六室に展示されている。
この部屋の中で最も目を引くのが、六世紀末アルクマイオン時代の神殿を飾っていた東側ペディメントの彫刻(左の写真)。高さは2.35m、幅は19.40m。四頭立ての馬車に乗ってデルフィに出現したアポロが描かれている。中央には馬車が、その左は二人の女性、恐らくアポロの母のレトと姉妹のアルテミスが配置されている。馬車の右側には男性の姿が見えるが、これはアポロではなく、デルフィの伝説上の支配者デルフォスではないかと考えられている。アポロがどのように配置されていたのかは不明。
アテネの彫刻家アンテノールの作品とされている。

この若きディオニソス像は四世紀の神殿に属する。この神殿のペディメントの作者は、やはりアテネの彫刻家プラクシアスとアンドロステネス。ディオニソス像は西側ペディメントに、東側ペディメントにはアポロ、レト、アルテミスの像が置かれていた。
参考文献
- Robin Barber, Greece (Blue Guide), London- N.Y. 2001 (Revised reprint of the 6th edition of 1995), pp. 389-399.
- Christopher Mee & Antony Spawforth, Greece (An Oxford Archaeological Guide). Oxford/ OUP, 2001, p. 309-310.
- Photios Petsas, Delphi : Monuments and Museum. Athens : Krene Editions, 2008, pp. 94-96.
- 現地博物館の案内板
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