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デルフィ遺跡: プラタイアの鼎の台
Base of the Tripod of Plataea
 前480年プラタイアの戦いで勝利したギリシャ人が、戦利品で奉献した鼎を置いていた台(パウサニアス X. 13. 9)と考えられているもの。ただし、これはクロトン人がシバリスとの戦いに勝利したことに感謝して捧げた鼎の台で、プラタイアの鼎の台はこの近くにある別のものだという説もある。

 黄金で造られた鼎は、第三次神聖戦争の際フォキス人が持ち去って、溶かしてしまった。

 鼎を支えていたのは、三匹の蛇が絡み合う様をデザインした金箔張り青銅の柱。その高さは5.5メートルあり、プラタイアでの勝利に貢献した都市国家の名前が刻まれていた。

 四世紀、この青銅の柱はローマ皇帝コンスタンティヌス一世によってコンスタンティノポリスに運ばれ、戦車競技場(ヒッポドローム)に建てられた。これは、現在でも戦車競技場跡地に立っている。

 左側に見えている四角い台はロードス人が奉献した、戦車に乗ったヘリオス(=アポロン)の像が飾られていた台。

参考文献

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