
神殿の床。
この神殿は、ヘレニズム時代(前二世紀)に建築されたもので、ドーリア式だった。

円柱の跡。上の写真からも分かるように、立った状態で残っている円柱はまったくないが、もともとは前後に六本、側面に十一本の円柱が並んでいた。

神殿に置かれている円柱の上に乗っている柱頭(なのだが、この上に載っている板と共に祭壇として用いられていたらしい)。IEXCのギリシャ文字が見えるが、これはイエス・キリストを意味する。つまり、キリスト教時代のもので、この場所に教会が造られたことを意味する。この教会はパナギア・トゥー・タルスー(タルソスの聖母マリア)という名前だった。

神殿の西に落ちていた彫刻のある石板。十字のモチーフで、やはりキリスト教時代のもの。

神殿西側にある石棺のらしきもの。いつのものかは分からない。古代人は聖域に死体を置く習慣を持たなかったので、やはり古代末期以降のものであろう。

聖域の東側にあるストアの跡。右側にあった建物は「患者の部屋」と呼ばれている。聖域下段と同じ構造である。