
上に写っているのは、城内南側の空間。
城の内側はこのような感じで、たいした建物があるわけではなく、広い空間が広がっているだけである。

内側の城から外側の城へと繋がっている通路。通り抜けにくいように狭くなっている。リンテル(門の上辺の部分)には、古代の円柱が再利用されている。
壁の右側で、男の人がしゃがんでいる部分には小さな部屋がある。倉庫か牢獄として使われたのではないだろうか。

城の中に残る大砲と大砲で飛ばすための玉。

城の南側の壁。トルコ時代の痕跡は少ないのだが、この装飾はトルコ時代のものだろう。このほかにも、アラビア文字で数字が刻まれた銃眼があった。
よく見えないかもしれないが、その真下には、城の入り口にあったのと同じヘレニズム時代の彫刻が使用されている。
城の内部には、ここで発見された古代の彫刻や碑文を集めた博物館があるはずなのだが、私たちが行った時には、入ることができなかった。しかし、入り口近くには古代の大理石建材がたくさん置かれていた。

城の建材として使われている、古代の石碑。ちょっと見にくいが、ギリシャ語の碑文が刻まれている(右側が上)。
この城を建築した西ヨーロッパ人たちは、コス市の古代遺跡やアスクレピエイオンから石材をもってきて使用した。

城から見たコスの港。海沿いは、広い遊歩道になっている。長距離フェリーの船着場は、この写真には写っていないが、手前右側にある。
参考文献
- Robin Barber, Greece (Blue Guide), London- N.Y. 2001 (Revised reprint of the 6th edition of 1995), pp. 709-716.
- Marc Dubin, The Rough Guide to the Dodecanese & East Aegean Islands (3rd ed.), London: Rough Guides Ltd., 2002, p. 227-228.
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