サモス島 女神ヘラの聖域「ヘライオン」
イレオ

サモス島で最も重要な古代の遺跡「ヘライオン」(現代ギリシャ語では「イレオ」)。女神ヘラはここで生まれたと信じられていた。上の写真に写っている一本だけ残った円柱(colonna)にちなんで、この周辺の地名は「コロンナ」ともいうのだそうだ。

実は私はこの遺跡を見ていない。行くことには行ったのだが、月曜だったので閉まっていたのだ。出発の一日前だったので、次の日にもう一度というわけにもいかなかった。ここにあるのは、遺跡の柵の外から撮った写真。

ヘライオン

にも拘らず、意地で解説だけは書くことにする。

ヘライオンのある場所には村や町のようなものはない。地図で見るとピタゴリオからさほど遠くないように見えるかもしれないが、ハイキング目的でない限り歩ける距離ではない(8キロ)。ピタゴリオからバスが出ているはずなのだが、私が行った8月には公共バスはほとんど機能していなかった。オリンピック効果で状況が改善していることを期待する。バスが見つからなかった場合、タクシーということになるが、サモスのタクシーはぼったくりが多いので気をつけて欲しい。脚に自身がある人はピタゴリオで自転車を借りるという方法もある(道は平坦)。

このサイトの歴史は青銅器時代に遡り、後期ミュケーネ時代のトロス墓が発見されている。前六世紀(前575-560年)に最初の大神殿が建てられるまでの、いわゆる暗黒時代にも祭壇や二つの神殿が建築されており、この場所での宗教活動はずっと継続していたことが分かる。しかし、古い時代の信仰は、必ずしもヘラ女神へのものだったとは限らない。ヘラの崇拝はペラスゴイ人が持ち込み、ギリシャ人に継承されたものと見られる。

前六世紀に建てられた大神殿は、サモスの芸術家ロイコス(Rhoikos)が、建築家のテオドロスと協力して建造したと伝えられている。神殿はイオニア式で、長さ97.5メートル、幅49メートル。列柱が二重になっているディプテロス(dipteros)と呼ばれる形式だった。

しかし、この最初の神殿は基礎が十分でなかったためれ、僭主ポリクラテス(Polykrates)の下、前530年ごろに第二次の神殿建築が始まる。この工事は、恐らくポリクラテスの死去とともに中断し、前500年に再開された。東側のプロナオスには8本の円柱が3列並び、西側には9本の円柱が3列、側面には24本の円柱が2列づつ並んでいた。しかし、この工事は再び中断し、前三世紀に再開されるものの、完成することはなかった。

ヘライオンの発掘はドイツ人の手で1910-14年、1925-39年、そして1952年以降継続して行われている。

参考文献


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