ヒオス島 ヒオス市 市壁
ヒオスの城壁 門

ヒオス市北部に位置するビザンツ時代の市壁兼要塞。上に写っているのはメイン・ゲートで、南側にある。

この要塞が最初に建築されたのはビザンツ時代中期、十世紀終わり頃のこと。その後、ヒオスを支配したジェノヴァ人やトルコ人が増築、改造、修復を重ねた。ジェノヴァ時代には、ジュスティニアーニ家がここを支配の拠点とし、カトリックの司教やギリシャ人の有力者もここに住んだ。しかし、この時代の宮殿、塔、教会はほとんど残っていない。

トルコの支配時代には、トルコ人とユダヤ人がここに住み、この時代の面影はまだ一部に残っている。

ヒオスの城壁 碑文

これは、上のゲートの上に彫られている碑文。削り取られているので、何が書かれているのか分らないが、ラテン・アルファベットが識別できるので、ジェノヴァ支配時代に据え付けられたラテン語碑文だと思う。オットマン支配時代以降に削り取られたのであろう。

ヒオスの城壁 駐車場
 (写真右)右側が市壁、今駐車場になっているのが堀の跡で、かつてはここに水がたまっていた。


 (写真下)港側から見た市壁で、大砲が海のほうに向いているのが分る。昔の絵画を見ると、要塞と港がもっと接近していたので、海から攻め込む敵に備えたものであろう。


ヒオスの城壁 大砲

残念ながら今回は、ヒオス市以外の観光を優先してしまったため、要塞の中を見て回る時間がなかった。このため、写真はないのだが、ここには、後期ゴシック式のジュスティニアーニ宮(再建)と、その中にある、ジュスティニアーニ博物館(ビザンツ時代のイコン、フレスコなどが集められている)、カラ・アリ(1822年ここで死去したトルコ海軍パシャ)の墓、993年創建の聖ヨルギオス教会、バトラキス・モスク跡などがあるらしい。

参考文献

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